2012/10月掲載
「真実の行方」「女はみんな生きている」「判決前夜」「おつむてんてんクリニック」「理由」
真実の行方 1996年日本公開 アメリカ 2h11 <予告篇>
STAFF CAST
監督・・・グレゴリー・ホブリット マーティン・ヴェイル・・・・リチャード・ギア
脚本・・・スティーヴ・シェイガン ジャネット・ヴェナブル・・・ローラ・リニー
アン・ビダーマン アローン・スタンブラー・・・エドワード・ノートン
撮影・・・マイケル・チャップマン モリー・アリントン・・・・・フランシス・マクドーマンド
音楽・・・ジェームズ・N・ハワード
冬のシカゴで地元の大司教が惨殺されます。大司教のもとで教会のミサを手伝っていた青年アーロン
(エドワード・ノートン)が容疑者として逮捕されます。目立ちたがりの敏腕弁護士マーティン・ヴェイル
(リチャード・ギア)が、アーロンの弁護を無償で買って出ます。相手もまた凄腕検事として名を馳せていた
ジャネット・ヴェナブル(ローラ・リニー)です。彼女は第一級殺人の罪でアーロンを起訴、死刑の判決を
得ようとします。アーロンは血まみれで現場から逃走しており、大司教殺しが彼の犯行であることは
間違いないと思われました。しかし、アーロンは、物乞いをしていたところを大司教に拾われ、
聖歌隊員として住居と食べ物を与えられた恩があり、殺すはずなどないと無実を訴えます。
マーティンは、大司教が貧民層に同情して土地の再開発事業を中止した為に殺された可能性を立証しようと
します。だが、大司教のあるスキャンダルが明らかになりマーティンは弁護の方向転換を余儀無くされます。
スキャンダルを隠していたアローンをマーティンが激しくなじると、それまで気弱だったアローンが
豹変し・・・・。
オーディション2000人以上の中から選ばれたエドワード・ノートンの映画デビュー作品です。
彼の強烈な性格俳優ぶりはすでにこの作品でも遺憾なく発揮されおり、アカデミー助演男優賞にノミネート
されています。
女はみんな
生きている
2003年日本公開 フランス 上映時間1h52
STAFF
監督/脚本・・・コリーヌ・セロー
撮影・・・・・ ジャン=フランソワ・ロバン
音楽・・・・・ リュドヴィク・ナヴァール
編集・・・・・ カトリーヌ・ルノー
CAST
エレーヌ・・・・・・ カトリーヌ・フロ
ノエミ(マリカ)・・ ラシダ・ブラクニ
ポール・・・・・・・ ヴァンサン・ランドン
マミー・・・・・・・ リーヌ・ルノー
本当は例会で取り上げたかった作品ですが配給の権利が切れており、劇場で上映することができません。
DVDで鑑賞してください。
平凡な主婦エレーヌは、車で夫ポールと出かけた夜、若い女性が男三人に襲われ、殴りつけられる現場に
遭遇します。その女性ノエミは助けを求め車の窓を激しく叩きますがポールはロックを掛け、走り去って
しまいます。エレーヌは警察に電話をしようとしますが、それすらも止められてしまいます。
気になったエレーヌはノエミが入院した病院を探し当て訪ねていきます。ノエミは意識不明で生死の境を
さまよっていました。その日からエレーヌは付きっきりでノエミを看病します。ノエミは娼婦でした。
但し頭脳明晰です。そのノエミをまたしても組織の連中が襲います。エレーヌは何とかそれをかわしつつ
ノエミを助けていきます。家庭では夫や子供に便利に使われてきたエレーヌが反撃ののろしを揚げていくのです。
いつまでたっても帰ってこないエレーヌにポールは怒り狂いますが結局、何もできずただオロオロするだけです。
平凡な主婦と、わけあり娼婦が巧妙な作戦をたてて売春組織と対峙していく様をコリーヌ・セロー監督が痛快に
描いています。シリアスなシーンもありますが全体にユーモアと機知に富んでおりイスラムの女性蔑視にも
痛罵を浴びせます。ノエミはなぜ娼婦に身を落としたのか。なぜ襲われたのか・・・。
物語は謎をはらみつつラストへとなだれ込みます。
女性たちが自由と自立を果たした後の静かなラストシーンは一見に値します。
判決前夜
1996年 日本公開 アメリカ 上映時間 1h47
STAFF
監督・・・バーベット・シュローダー
脚本・・・テッド・タリー
撮影・・・ルチアーノ・トヴォリ
音楽・・・ハワード・ショア
CAST
キャロリン・ライアン・・・メリル・ストリープ
ベン・ライアン・・・・・・リーアム・ニーソン
ジェイコブ・ライアン・・・エドワード・ファーロング
ジュディス・ライアン・・・ジュリア・ウェルドン
とても考えさせられる映画です。原題はBEFORE AND AFTOR です。舞台はアメリカ ニューハンプシャー州の
ハイランドという小さな田舎町です。そこで暮らすライアン一家。父親ベン(リーアム・ニーソン)は
アート作家。母親キャロリン(メリル・ストリープ)は小児科医です。何不自由ない暮らしに見えた一家の
日常が暗転します。ある日、キャロリンのもとに少女の遺体が運び込まれます。それは16歳の息子ジェイコブの
クラスメートマーサでした。しかもジェイコブのガールフレンドだったのです。そのうえジェイコブは失踪して
しまいます。当然マーサの殺害容疑をかけられます。両親には仕事にかまけて子供たちと向き合ってこなかった
そのつけが回ってきます。さらに事件に対する両親の対応の仕方が異なるのです。父親は何が何でも息子を
守ろうとして証拠と思われるものを処分してしまいますが、母親は息子を信じつつ全てを明らかにしようと
します。娘ジュディスはそんな両親に不信感をつのらせなじります。やがてジェイコブは自首し逮捕されますが
殺害は否定します。両親は息子が起訴されないようにと敏腕弁護士に依頼します。弁護士は「事実は何か、
ではなく判決結果が事実なのだ」と言い自信たっぷりです。こうして物語はジェイコブを置き去りにして、
大人たちの三者三様の思いが交錯しつつクライマックスへと向かうのです。親子のあり方を鋭く問うた作品です。
ラストに妹ジュディスのナレーションが入ります。「人生を変えてしまう瞬間はある日不意におとずれる」
おつむてんてん
クリニック
1991年 アメリカ 上映時間1h39
STAFF
監督・・・フランク・オズ
脚本・・・トム・シュルマン CAST
撮影・・・マクトル・バロウズ ボブ・ワイリー・・・・・ ビル・マーレイ
ミヒャエル・バルハウス Dr.レオ・マーヴィン・・・リチャード・ドレイファス
音楽・・・マイルズ・グッドマン フェイ・マーヴィン・・・ ジュリー・ハガティ
シギー・マーヴィン・・・ チャーリー・コースモ
よくもまあこんな邦題を付けたものだと感心してしまいます。原題は「What about BOB?」です。
Dr.レオ・マーヴィン(リチャード・ドレイファス)は著名な精神科医ですが自著が評判となり、
テレビ出演のオファーも受け、いささか温かくなっています。舞い上がっているレオのもとへ同業の
精神科医からの紹介でボブ・ワイリー(ビル・マーレイ)がやってきます。ボブは異常な潔癖症・恐怖症で
握手もでティッシュ越しでないと出来ません。手すりを持つ時も間にティッシュを挟んでいます。
レオのオフィスへもエレベーターに乗らず階段を歩いて来たために息も絶え絶えです。レオは翌日からの休暇で
別荘に行くため適当な事を言ってボブを帰そうとします。ところがそのいい加減なカウンセリングにボブが
すっかり納得してしまい別荘まで追っかけてきます。脅したり賺したりしながら何とか帰らせようと
するレオですがボブは全てを善意に受け取ります。おまけにレオの家族にすっかり気に入られてしまうのです。
そんな中テレビの取材チームがやってきます。レオはリハーサルまでやって万全を期して待っていたのですが
本番ではすっかりボブに食われてしまいます。頭にきたレオはダイナマイトでボブを吹き飛ばそうとします
が・・・。
最後はどちらが医者か患者か分からなくなります。ボブは果たして精神病だったのでしょうか。
ビル・マーレイとリチャード・ドレイファスの芸達者ぶりに笑ってしまいます。
笑いながらフランク・オズの魔法に酔ってください。
※監督のフランク・オズは「スター・ウォーズ」でヨーダの声を担当したことでも知られています。
理由 1995年 アメリカ 上映時間1h42
STAFF CAST
監督・・・アーネ・グリムシャー ポール・アームストロング・・・ショーン・コネリー
脚本・・・ジェブ・スチュアート ダニー・ブラウン・・・・・・・ローレンス・フィッシュバーン
ピーター・ストーン
ローリー・アームストロング・・ケイト・キャプショー
撮影・・・ラホス・コルタイ ボビー・アール・・・・・・・・ブレア・アンダーウッド
音楽・・・ジェームズ・ニュートン・ハワード ブレア・サリバン・・・・・・・エド・ハリス
宮部みゆき原作・大林宣彦監督(2004年)の「理由」ではなく1995年製作のアメリカ映画「理由」です。
ポール・アームストロング(ショーン・コネリー)は死刑廃止論者です。現在は大学教授ですが25年前までは
弁護士でした。そのアームストロングが、とある会場で死刑制度についてディべードを行っているシーンから
始まります。終了後、黒人の老婦人が「無実の孫を助けてやって欲しい」とやってきます。
アームストロングは一度は断りますが妻の勧めもあり引き受けることにします。婦人の孫ボビー・アール
(ブレア・アンダーウッド)は8年前、「少女レイプ殺人事件」の犯人として死刑判決を受けていました。
場所はフロリダ州の小さな町オチョピーです。ポールが出かけて行ったその町は黒人差別が今なお色濃く残る
重苦しい町でした。ボビーと面会したポールは彼の知性に新鮮な驚きを覚えます。そして調べれば調べるほど
警察の取り調べの杜撰さと自白の強要が明らかになっていきます。
やがてボビーと同じ刑務所にいる連続殺人犯ブレア・サリバン(エド・ハリス)死刑囚が関わってきて・・・。
このエド・ハリスの役は「羊たちの沈黙」のレクター博士を彷彿とさせて不気味です。
ストーリーはポールの妻ローリーも関わってきて二転三転し、結末まで一気に見せます。
良くできたシナリオですが ラスト近くになって結論をいそぎ過ぎたのか、少しバタバタして説得力に
欠ける所が出てきます。そこが惜しいところです。
鑑賞後に思ったのは最初にポールを訪ねてきた祖母はこの「事実」を知っていたのだろうかということです。
知っていたとすればこの映画の色合いが全く違う凄いものになります。
ポールの娘ケイト・アームストロングの役でスカーレット・ヨハンソンが出演しています(写真右)。
当時11歳でした。