『オデッセイ』 『禁じられた歌声』『ブリッジ・オブ・スパイ』


 

 

 

 

 オデ

 

 

 2015年製作  アメリカ映画  上映時間222  <予告篇>

 

 

 監督:リドリー・スコット

 

 

 出演:マット・デイモン / ジェシカ・ジャステイン / クリステン・ウィグ

 

 

ハヤカワSF文庫火星の人が面白く、R・スコット監督で映画化と聞いて、楽しみにしてました。

 

子どもの頃、ロビンソン・クルーソーを読み、孤島に一人取り残され、難破船から役立ちそうなものを

 

探し、生き抜いていく話に熱中しました。十五少年漂流記(成長して、原版の二年間の休暇を読み

 

直し)にも嵌り、テレビではアメリカの連続ドラマ「宇宙家族ロビンソン」を毎回欠かさずに見ました。

 

映画では、ディズニー映画で『南海漂流』(原作は、家族が孤島で生活するスイスのロビンソン)もあ

 

り、諦めない気持ちと智恵とでサバイバル生活を乗り切るストーリーは魅力的です。 

 

余談ですが、講談社文庫で出ている山本一力のジョン・マン(幕末の、ジョン万次郎の話」は、鳥島へ

 

の漂流もありますが、異社会に一人放り出された少年の成長記として抜群の面白さです。 

 

そこで、映画『オデッセイ』。 ユーモアはあるけどあの長い独話、火星に一人だけでいる様子は何とも映

 

画にしにくいところ、映像では細部に気を配っていてなかなかでした。 

 

ジャガイモ栽培は、本では臭いまで出ませんが、映像では鼻詰めなど細かく、また地球との通信回復の

 

様子や、最後のロケットの重量減らしなどもリアルです。 宇宙船の描き方も、『2001年宇宙の旅』を彷

 

彿とさせ、やっぱりお金を掛けると・・。 

 

先般、宇宙ステーションへ無事に「こうのとり」を送った日本でも補給品ロケットを発射できたでしょうが、

 

原作で中国なのと、最近の映画市場をにらんだハリウッドでは親中になるのでしょうね。 原作では、もう

 

一山、火星の砂嵐でのサスペンスがあるのですが、やむなくカットでした。

 

最後に、これも少年時代。創元社文庫のスペース・オペラ火星のプリンセス(E・R・バローズ=ター

 

ザンの原作者でもあります)のシリーズにも熱中したのです。

 

 その中では、火星の重力は地球よりも小さくて、地球人のジョン・カーターが軽々と動けるのが英雄譚

 

のミソでしたが、『オデッセイ』では普通の動きでしたね!?

 

                                                                                                                          (ストーン)

 

 

 


   

有人火星探査ミッション“アレス3”は、突然吹き荒れた猛烈な嵐によって、任務中止

 

に追い込まれます。ところが、6名のクルーのうち、マーク・ワトニー(マット・デイ

 

モン)は、吹き飛ばされて失神、行方不明になってしまいます。残ったクルーは必死の

 

捜索を続けますがマークは発見できず、嵐は益々激しくなり機体が傾き、脱出自体が困

 

難な状況になってきます。やむなくマークは死亡したと判断され、ルイス船長以下5

 

は地球への帰途につきます。

 

しかし彼は生きていました。辛うじて砂漠から住居施設に帰還したマークは、絶望的な

 

現実を思い知らされます。残された食料はほんのわずか。ところが、次の探査ミッショ

 

ンが火星にやってくるのは4年後です。それまで生き抜くためには酸素や水を作り出す

 

ところから始めなければなりません。植物学者でもあるマークは、ありったけの科学知

 

識を総動員して、これらのハードルを1つずつ乗り越えていきます。

 

しばらくして、火星を監視していたNASAの担当者がマークの生存に気づきます。マー

 

ク救出のプロジェクトがスタートします。しかし、紆余曲折があり最終的にマークの命

 

運は、帰還中のクルー5名を巻き込み、誰も想定していなかった最終手段に託されるこ

 

ととなるのです・・・。

 

NASA全面協力ですから絵的にも、科学的考察にも説得力があります。しかし、ラスト

 

の救出シーンを除き、ハラハラ、ドキドキ感はあまりありません。それは問題が起きて

 

も、わりとあっさりマークが解決してしまうからです。火星の重力は地球の40%です。

 

なのに・・・。少し気になりました。

 

この映画を観ていて1977年公開の「カプリコン・1」を思い出し「こんな映画を観て

 

きた」に紹介文を載せました。                <紅孔雀>

 

 


 

 

 禁じられた歌声

 

 2014年製作 / フランス・モーリタニア合作 上映時間1h37  <予告篇>

 監督:アブデラマン・シサコ

 出演:キダン・・・・イブラヒム・アメド・アカ・ピノ 

    サティマ・・・トゥルゥ・キキ  トヤ・・・ライラ・ワレ・モハメド 

    イサン・・・・メディ・A・G・モハメド

 

西アフリカ・マリ共和国の灌木がわずかに点在する砂漠の町ティンブクトゥが舞台

です。キダンは妻サティマ、娘トヤ、そして12歳の羊飼いの少年イサンと共に

慎ましくもゆったりとした幸せな生活を送っていました。しかし、ある日突然、武器

を持ったイスラム過激派に町を占拠され、様相が一変してしまいます。過激派が一方

的に布告した「法」によって女性は靴下をはき、手袋をすることを強要されます。

さらに歌や笑い声、たばこ、そしてサッカーさえも禁じられ、住民たちは恐怖に支配

されていきます。過激派は都合よく〝アッラー〟の名のもとに支配を強めていきます

が、圧倒的な武力を前にして抵抗はできません。町の長イマームはモスクに土足で

上がり込んだ過激派の男たちに威厳をもって退去を命じますし、ささやかな抵抗をす

る者もいますが、それでも毎日のようにアッラーに名を借りた不条理な懲罰が繰り返

されます。イスラム教を掲げる武装勢力こそがイスラム教徒を苦しめているのです。

これは大いなる矛盾ですがキダンは自らに課せられた過酷な運命も淡々と受け入れ

逆らうことはありません。映画は余計なものをそぎ落とし、ただそこにあるものを

ドキュメンタリーのように映しだします。哀愁を帯びた民族音楽が耳に残ります。

                                <紅孔雀>

 


 

 

 ブリッジ・オブスパイ

 

 

     2015年製作 アメリカ映画 上映時間 222  <予告篇>

 

 

 監督:スティーブン・スピルバーグ

 

  

 脚本:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン

 

  

 出演:トム・ハンクス(ジェームズ・ドノバン)/マーク・ライランス(ルドルフ・アベル)

 

    オースティン・ストウェル(フランシス・ゲイリー・パワーズ) 

 

 

スティーブン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演、コーエン兄弟脚本というありえない  

 

ようなスタッフ、キャストによって195060年代の米ソ冷戦下で起こった実話をもとに、

 

細部にこだわり練り上げられた上質のサスペンスドラマです。一見、本筋とは関係が無いよう

 

なカットを積み重ねることによって作品に厚みが生まれています。 

 

着実にキャリアを積んできた弁護士ジェームズ・ドノバンは、1957年、ソ連のスパイとして

 

逮捕されたルドルフ・アベルの弁護を依頼されます。敵国のスパイを弁護することで国民は

 

もとより家族からも非難されますが、ドノバンの<スパイといえども人間。裁判を受ける権利

 

がある>との信念は変わりません。一方のアベルもまた祖国への忠誠を貫き二重スパイの誘い

 

を断ります。2人の間には、次第に理解や尊敬の念が芽生えていくのですが、その事が最後に

 

決定的な場面で生きてきます。死刑が確実と思われたアベルは、ドノバンが判事に言ったある

 

言葉が届き、懲役30年となり裁判は終わります。そして1960年、今度は偵察飛行中だった

 

アメリカ人パイロットのパワーズが、ソ連に捕らえられるという事態が発生するのです。

 

そして再びドノバンに 困難な依頼が・・・。

 

ソ連憎し一色に染まり、それに沿わないものは許さないという異様な雰囲気が国中を覆います

 

が、現在の社会を見渡しても時代の空気に流される国民の在り様はあまり変わっていないこと

 

に気づかされます。そんな世相をスピルバーグ監督はある人物の姿を借りて皮肉たっぷりに描

 

いています。また、スパイ/アベル役のマーク・ライランスが揺るぎない矜持を淡々と演じて

 

秀逸で、一流のスパイというのはこうなんだろうなと思わせます。ファーストシーンでアベル

 

が鏡を見ながら自画像を描いていますが、そのシーンが最後に蘇り胸に迫ります。

 

戦時下においては、一般人といえども生と死は紙一重だと思い知らされます。

 

ともかく一流の監督が優れたシナリオ、充分な予算で撮ればこんな作品が出来るんだという

 

見本のような映画です。スピルバーグ監督ですから残酷なシーンはありません。  

                                   <紅孔雀>